英語力ゼロ・スキル無しの私が海外で生活&仕事をするまでのブログ

私の留学日記13 東日本大震災と私の決意

更新日:2014/07/28

こんにちは、ACCキャリアコンサルタントのMikaです。

さて、英語コースの最初のときのようにまたもや大きな挫折から始まった専門コースでの勉強。
前回のブログでも書いた通り、全然授業についていけない自分に大きな焦りを感じ、始まって2週間くらいでもう『辞めた方がいいかもしれない』という思いに悩まされながら、何とかくらいついていました。

余談ですが、TAFE(オーストラリアの州立専門学校)の入学時期は毎年2月と7月の2回です。オーストラリアの多くの大学や私立の専門学校も大体この2回が多く、私は2011年の2月から専門コースに通い始めました。

専門コースが始まって約1ヶ月が経った頃、あの大震災が起こりました。
2011年3月11日、東日本大震災です。

実は私は宮城県出身で、生まれたのは宮城県の片田舎ですが、その後引っ越して大学を卒業するまでずっと仙台に住んでいました。

地震が起きた当日、私は当時のアルバイト先で仕事をしていたのですが、上司から仙台が大変なことになっている、ただ事ではないからネットのニュースを見て!と言われていくつかニュースを見ました。私が仙台に住んでいるときも今回の大震災ほどではありませんが大きな公共施設の屋根が全て落ちてしまうようなかなり大きな地震を体験したことがあり、もともと地震が多い地域でしたので最初は正直『また地震か』と思った程度でしたが、次々と入れ替わり立ち替わり様々なニュースが飛び交い、今回の地震は今までのものとは規模が全く違う、ということに気づきました。

早速家族との連絡を試みましたが、電話は繋がりもしません。
実はアルバイト先の上司の奥様のご実家も仙台で、しかもお家が電車で一駅しか違わないという至近距離だったため、余計に心配をしてくださったのですが、幸いにも彼女のご実家とは震災発生後数時間でご連絡をとることができました。しかし私の実家は全くの音信不通。至近距離なのに私は連絡がつかない、ということに大きな不安を感じ、家族・親戚誰一人とも連学が取れない状況が続くに連れて、最悪の事態さえ考えてしまいました。

実はこの大震災はこちらオーストラリアでも大きく報道され、パースも例外ではありませんでした。地震翌日の地元の新聞では表紙一面で地震のことがクローズアップされ、テレビのニュースでもたくさん報道されていました。

翌週の月曜日、とても学校に行けるような気分ではなかったのですが、一日でも学校を休むとついていけなくなる、という気持ちもあって何とか学校に行きました。
その当時いくつかのクラスを担当してくれていた先生が親日家の方で、地震のこともご存知で、すぐさま私のところに来て君の家族は大丈夫か?と心配しながら声をかけてくれました。

そのときまだ家族と連絡を取れていなかった私は思わず涙が止まらなくなり、教室を後にしたのですが、先生は優しく『君はよく頑張っているし、2、3日学校を休んだって大丈夫だよ。今は家族と自分のことだけを考えなさい。』と言ってくれました。その後クラスメートのオージーの女の子もわざわざ教室から出てきて涙を流しながら『きっとあなたの家族は大丈夫だから。神様が守ってくれるから。』とハグをしながら慰めてくれました。

こういうフレンドリーさというか、愛情深いというかそういうところはオージーの素晴らしいところだな、と今でも思っています。初めて会った人でも自分が日本出身だ、と言っただけで地震後は君の家族は大丈夫?!とほぼ全員の人が心配して声をかけてくれました。

他の日本とパースにいる友人やアルバイト先の上司等多くの人が助けてくれて、気持ち的にも救われていた時、ようやく家族からみんな無事だから安心してね、という旨のメールが来ました。
そのときの安堵感と言ったら、全身から力が抜けてしまうような状態でした。

しかし、そこからが厳しい現実を知ることになります。
私の実家はヒビが入る程度で済んだものの、電気・ガス・水道が使用できず、スーパーやガソリンスタンドには数百人という長蛇の列ができ、今までの暮らしからは想像できない震災後の厳しい状況を家族から電話やメールで聞きました。

その時、大切な家族が苦しんでいるのに、私は何好き勝手に海外にいるんだろうと自分を責める気持ちと、何も結果が出ていない状況で帰りたくない、勉強を続けたいという思いとの間で非常に悩み苦しみました。
悩んだ結果、家族に連絡して日本に帰る旨を伝えたのですが、怒られました(苦笑)。

父と母は、
状況は少しずつ良くなってきているし、大丈夫。
自分がやりたいと思って自分で決めた留学なのだから、最後までやり遂げてきなさい。
もし本当に自分たち(親)のことを考えてくれるなら、海外で元気に頑張っている姿を見せてくれることが一番嬉しい。
そんなことを私に言ってくれました。

自分たちが一番大変なときに、逆に子どもを励まして背中を押してくれる。
親だったら当たり前、ということなのかもしれませんが、私はこのときほど親の偉大さを感じたことはありませんでした。

そこからは、留学後ちゃんと両親に『私、これだけやってきたよ!』と胸を張って言えるように絶対に結果を残す、と覚悟を決めました
勉強の悩みが全くなくなったわけではありませんでしたが、ここから私の快進撃?が始まります。その話はまた次回。


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