留学•就職体験談

留学•就職体験談 − 須見 和敬さん

更新日:2016/11/25

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  • 留学時期:2010年2月〜
  • 留学先:TAFE (テーフ)
  • コース:Diploma of Hospitality (調理師専攻、ホスピタリティコース)
  • 現在のご職業:Chef (シェフ)

留学のきっかけを教えてください

日本では体育のインストラクターをしていたのですが、働き始めて2年半くらい経った時にワーキングホリデーの制度を知り、思い切って会社を辞めてオーストラリアに行くことを決めした。2003年5月にケアンズから入り、オーストラリア国内全土を回ったのですが、旅の途中では今でも仲の良い友人や第二の家族と呼べるほどの温かい人たちに出会うことができました。
日本に帰国後も「オーストラリアで暮らしたい」という強い思いがあり、今度は永住を視野に入れて留学することを決意しました。

どのように永住留学へ向けてのステップを踏まれていったのでしょうか?

まずは2009年3月に情報収集も兼ねてパースへ行きました。その時に知り合いにACCの岡さんのことを教えてもらい、お話ししていく中でRSMSという地方スポンサー付き永住権の存在を知ったんです。カウンセリングの結果、RSMS取得を目指し、パースから約200km南にあるバンバリーの専門学校TAFEの調理師コースで勉強することを決意しました。ただ当時留学資金が足りなかったため、一旦日本に戻り3つの仕事を掛け持ちしながら貯金をして、同時に専門学校入学に必要なIELTSのスコアを取得しました。

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そして2010年1月にパースに戻り、そのまま留学先のバンバリーへ向かいました。翌月からコースがスタートしましたが、すでにIELTSでは入学に必要な英語力基準をクリアしていたものの、最初は勉強の内容よりも英語がわからずにとても苦労しました。調理師として経験を積むためアルバイト探しも始めましたが、バンバリーにあるほぼ全てのレストランに履歴書を配っても、ほとんど連絡はなし。仕事探しの大変さを痛感しましたが、諦めずに粘り強く探し続けた結果アルバイト先が決まり、レストラン•マネージャーにまで昇進することができました。そのままスポンサーへ、という話だったのですが、思わぬハプニングがありスポンサーは叶わぬ夢に。しかし、そこで諦めず改めて就職活動をスタートして、実は学生ビザが切れる5日前にスポンサー先が決まったんです。笑 おかげさまで無事永住権を申請することができましたが、今考えてみれば相当のリスクがあったと思います。笑 でもその当時はとにかく必死で、その思いが通じたのかもしれません。
その後スポンサー先で約3年間勤め、「いずれは自分のレストランを持ちたい」という新たな目標ができました。

現在のバンバリーでの生活を教えてください。

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何かとご縁があり、2016年5月にバンバリーより内陸に入った場所にあるコリーという街でレストランを買うことを決意し、2ヶ月後に新規オープンしました。
これまでたくさんの仕事を経験してきましたが、経営者となるのは初めてで、契約事や諸々の手続きなどわからなことばかりでした。また、パースよりもはるかに小さな街だからこそ、地域に根付いた経営が必要で、レストランに来る方の傾向やどんな料理を好むのかなど、その土地柄を理解し、合わせることも最初は一苦労でした。ですが、念願の自分のレストランをオープンした時はまさに感無量。
実はこれから新たなステップを踏んでいくことを決意しましたが、人生に残るかけがえのない経験ができました。

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将来的には、広大な土地を買って、世界中の忙しい場所で暮らす人たちに、バンバリーを含むジオグラフ•エリアならではののんびりとリラックスした環境で生活したり、ファームステイを体験できる場所を作り、世界とこの場所、人、モノをつなげる仕事をしていきたいと思っています。

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